SSブログ

壱章「契約」6:「王子様」の「ご学友」 [壱章:契約]

6:「王子様」の「ご学友」

 

 

リノはいつの間にか、夢の中にいた。

花畑で昼寝をしている…夢の中でも、眠っていた。そこに、白馬に乗った哉汰が通りかかり、リノに優しく微笑んだ。哉汰は、王族の衣装をまとっていた。

人の気配を感じて目を開けると、すぐ傍に哉汰が居た。リノが目線をあげると、哉汰と目が合った。

「あ、おはようございます。起こしちゃいましたね。」

「…おはようございます…?」

「お茶を入れ替えようかと…お飲みになりますか?」

「はい…。」

だんだんと、頭が冴えてきた。どうやら、哉汰の話を聞きながら、うたた寝をしてしまったらしい。話はとても面白かったのだが、哉汰の声は、とても心地よく、いつの間にか眠ってしまったようだ。
肩にストールが掛けられていた。哉汰が掛けてくれたものだろう。

「すいません…私の方が、お話してくださいって言っておきながら…。」

「いえいえ、良いんですよ。マールにも、リノさんは一人暮らしだけでも大変なのに、とても働き者だから、ゆっくり休ませてあげてと、言付かっていますから。…良い夢だったようですね。」

「え!わ、私、寝言か何か言いましたか?」

「いいえ、幸せそうに、微笑んでいました。それだけです。」

そう言う哉汰も、とても幸せそうに微笑んだ。リノにはこれが、夢の続きのように思えた。まだ覚めきらない頭の中でリノは、自分の思いを、今、伝えておかなければと、急に思い立った。
この人の近くに居て、こうして過ごす時間こそが、自分には必要なのだと感じたからだった。
リノは緑茶を一口、口に含み、席に着いた哉汰の方に、体を向き変えた。

「哉汰さん。」

「はい。」

「自分の立場とか、周りの事とか、何も考えずに、私の気持ちだけでお話します。」

「…はい。」

「私、図書館で哉汰さんを初めて見たとき、『やっと出逢えた』と思ったんです。」

「…はぁ。」

「私、哉汰さんの事が、好きなんです。」

リノは真っ直ぐ、哉汰を見つめた。哉汰は、恐縮するように、頭を下げた。

「ありがとうございます。僕もリノさんの事、とても素敵だと思います。」

リノは目を見開き、哉汰は優しく微笑みながら、言葉を続けた。

「マールに貴女のお話を聞いたとき、もっと大人の女性なのかと思っていたら、こんなに可愛らしく、お若い方だと知って、更に感心しました。貴女に会って、お話してみて、院のみんなに愛されている理由が、よく分かりました。僕もリノさんの事、好きですよ。」

哉汰が、あまりにもあっさりと答えたので、少し間を置いてから、聞いてみた。

「好きと言うのは…友人として、と言う事ですか?」

「勿論、友人、姉、母、色々な気持ちだと思いますよ。僕も、その中の一人です。貴女は独りじゃない。それは、とても素晴らしい事ですよね。」

哉汰の答えは、リノの期待するものとは、少し違っていた。どうやらリノが、一人暮らしで寂しい思いをしている事に対し、気遣っているようにしか、思えない返答だった。そう言う意味ではないと言いたかったが、先に『その中の一人』と言われては、その程度にしか思われていないと判断するしかなかった。

「そうだ、リノさん。星には興味ありますか?今度ここで、星座や惑星の話でもしませんか。近々望遠鏡が届くんです。」

「はい、楽しみにしています!」

完全に話を逸らされた。リノは愛想笑いをするしかなかったが、心の中では、大きな溜息をついていた。肩に掛けられたストールを取ろうとすると、哉汰に止められた。

「あぁ、それ差し上げます。ラベンダーの色素で染めた膝掛けで、リラックスできると思って購入したのですが、眠くなってしまって…読書に不向きだと言う事が、後から分かったもので。よろしければどうぞ。」

相変わらずニコニコと、話を続ける哉汰…。リノは、泣き出したい気分になった。

そこに聞き慣れない、大きな声が響いた。

「カーダ様~!お時間ですよー!」

「あぁ、もうこんな時間か…はいはーい。」

呼びかけに、哉汰が応えた。…リノは唖然とした。「カーダ様」…確かに今、そう聞こえたが。
次第に足音が近づき、垣根の後ろから、身なりの良い小柄な男が現れた。リノの姿を目にすると、男は哉汰に駆け寄り、一歩前に出た。
訝しげにリノをジロジロと睨み付けたまま、哉汰に話しかけた。

「ご来客の予定など、ございましたっけ?」

「こちらはこの前紹介した、マールの院の人で、リノさん。図書館でお世話になったんだよ。」

「また民間人と交流していたのですか!?護身用のピアスは?」

「落とすと面倒だから、外してる…大丈夫だよ、リノさんは単なる学友なんですから。」

「(また言う事聞いてねぇのカヨ)へーーぇ。随分とお若いご学友ですねぇ…まぁ、ジズには見えませんがねぇ。」

リノは突然の事に放心状態だったが、男が警戒心を解き、体勢を変えたので、リノも遅ればせながら、挨拶をした。

「ルメラ孤児院で手伝いをしている、リノと申します…。」

「私は、カーダ様付きの王国剣士・ツルギです。カーダ様は…まぁ、こんなんですが、一応ドーバ王の第二子ですので、あまり失礼な振る舞いをされませんように。」

「“こんなん”て何だよ、嫌な言い方するなぁ。」

「それより無闇矢鱈に、敷地内に民間人を入れないで下さいよ!いくら自由に使って良いと与えられたスペースだからって、ここは城内なんですからね!護符持ってるからって、軽々しく結界を解かないで欲しいんですけどー。」

ドーバ王の第二子…カーダ。それが、哉汰さん??リノは混乱したままだった。

「とにかく城に、お戻り下さい。着替えて、公務の打ち合わせをしなくては。」

「はいはい。ではリノさん、またこちらから、ご連絡致します。帰りはロブに送らせます。」

にっこりと笑って、軽く手を挙げ、哉汰はツルギの後について、去っていった。スルスルと足下にやってきたロブに、アゴで促され、リノは放心状態のまま、ゆっくりと森の方へ歩き出した。

歩きながら、たった今起きたことを、頭の中で整理しようとした。知らぬうちに、独り言を呟いていた。

「哉汰さん…王族なのに、何故髪が黒いの?王族はみんな銀髪って聞いてたけど…。ザガ王子は、トロンの戦の出陣式の時に、お顔が公開されたから知ってるけど、カーダ王子は見たこと無い…何でお城で、農作業なんかしてるの?」

何も説明がないまま帰されて、リノはパニックになった。何もかも分からずじまいだったが、一つだけ理解出来た。

自分は、とんでもなく身分の違う相手に恋をして、その気持ちは、やんわりと断られてしまった。

「憧れるだけ、無駄か…。」

リノの目から、ぼろぼろと涙がこぼれだし、その場に座り込んでしまった。無念さや、居眠りしてしまったと言う大失態の大恥や、色々な感情が渦巻いて、泣くことしかできなかった。
涙をぬぐおうとして、肩に掛けたストールを手に取った…。哉汰に貰ったもの…汚すわけにいかない。やはり貰えない。ちゃんと綺麗にして、お返ししなくては。直接渡せないから、マールに頼めば良い。

もう会えない。会ったらきっと、もっと好きになる。だから会わない。

泣きながら、森の中を歩いた。目印のベンチがあり、見慣れた場所に出ると、いつの間にか、ロブの姿は無くなっていた。そのまま院には寄らず、家路に着いた。家でも、めそめそと泣き続けた。

「素敵な人だったなー…あれが王族なのか~~。」

柔らかな立ち振る舞い、知性あふれる言葉遣い、とっても魅力的な声。こんな貧乏くさい私なんか、相手にするわけがない。きっとマールの序でに、仲良くして下さっただけだったのだ。

出逢ったばかりではあったが、リノの心は、すっかり哉汰に奪われてしまったことを、思い知らされた。

どれくらい時が経ったのか。気付いたときには、部屋の中が真っ暗になっていた。そのうち、月の光に照らされて、家具が青く浮かび上がってきた。リノはベッドに横たわったまま、天井を見つめていた。
気がつくと、涙の跡も乾いて、喉がからからになっていた。顔を洗って水を飲もうと、起き上がった。

すると、「とんとん」と、何者かが窓を叩く音がした。リノの部屋は2階で、人が登れるような場所ではない。驚いて窓を見ると、一匹のエリマキリスが、月明かりの中、こちらを覗いていた。


nice!(5)  コメント(8) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 5

コメント 8

コメントの受付は締め切りました
ささ

身分…… 身分かぁ……
身分違いの恋って、辛いような~ 逆に燃えるような……
リノさんの恋心、これからどうなるのでしょう。
このまま簡単に諦めちゃうのかな?
by ささ (2009-06-14 02:06) 

さめ宗家めぐ

>さささん
読んでくれて、ありがとうございますm(_ _)m
身分違いの恋とか、私には経験がないのでw
周りが五月蠅そうですけどね…その分燃えるんでしょうかね(^^)
2人の今後は、続きで書かせていただきますね。
コメントありがとうございました♪
by さめ宗家めぐ (2009-06-14 15:53) 

りるる

身分が違う…それだけじゃなくて
相手が自分の言葉に対しての受け取り方が
違うと切なさいっぱいですね(><)

哉汰の性格上 周りの人と同じくらい大切にしてるんだという
思いでの返事もあるのでしょうが…ね リノちゃんにとっては
それは また違うんだぁあって感じです!
恋しちゃって でも諦めないと…叶わないムリだって
色々と思い悩んでしまうキモチ とてもわかります(><)
(身分は…同じくわからないですが^^;)

でも 信じている!きっと哉汰はなにかしらぁああ!!
(勝手な妄想がっ(><*)
だって、『やっと出逢えた』という気持ち 哉汰の方にも
少しばかりあったんじゃないかなって思います!
(今までの動きと会話から なんか勝手にそう思っちゃったです(*ノノ))
続き 楽しみにしていますよvvv
by りるる (2009-06-15 11:37) 

さめ宗家めぐ

>りるるさん
読んでくれてありがとうございます。
リノは凄く真面目&誠実に、思いを伝えたんですけどねぇ。
あっさりかわされたら、ガッカリですよね…;泣きたいっす。

哉汰って人は、まだまだ書き足りないですが、この人の性格からすると、
こういう事言っちゃうんだろうな~て感じです。
そしてリノの違うーー!てのも、乙女心って奴ですよね(^^)
今後の展開で、哉汰がこんな奴だったのかって、分かるような流れに
していこうと思います。

そうですよねー『やっと出逢えた』はずなんですからねw
だけど、だけど、哉汰だけにwwwなるほどwww
と、思っていただければいいなー次回とその次辺りの更新で…。
なるべく早く書きたいと思います。またいらして下さいm(_ _)m
by さめ宗家めぐ (2009-06-15 12:13) 

わいわいクラブ

細かな状況表現が足りないと感じました。
これからも継続してください。
くじ頂いていきます。
by わいわいクラブ (2009-07-03 23:32) 

さめ宗家めぐ

>わいわいクラブさん
コメントありがとうございます。
今後は登場人物紹介のページを書いたりしていこうと予定しております。
当たりくじだと良いですね(^^)どうぞお持ち下さい。
by さめ宗家めぐ (2009-07-04 03:45) 

さーやん

くじ2枚貰いました、有難う御座います
ブログ始めて4ヶ月の素人ですが
時間が有れば訪問して見て下さい
by さーやん (2009-07-05 05:22) 

さめ宗家めぐ

>さーやんさん
ご訪問ありがとうございます。当たりくじだと良いですね(^^)
こちらのブログは、あまり更新していませんが、メインはほぼ毎日
更新しております。こちらこそ、伺わせていただきます。
by さめ宗家めぐ (2009-07-05 22:42) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。