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壱章「契約」5:サラの民 [壱章:契約]

5:サラの民

 

仕事を終え、家に戻ったリノは、鏡を見つめていた。どう見ても、子供…深いため息をついた。ベッドサイドに腰掛けて、昼間気になった靴の汚れを落としながら、独り言を呟いた。

「化粧品を買うお金も無いし…あ~!簡単にドレスアップできる魔法とか欲しいっ!」

靴を磨いた布を床に投げると、そのまま後ろに倒れ込むように、寝転んだ。天井を仰ぎ見ながら、昼間の出来事を思い出していた。

「楽しかったな…昼間。」

やっぱり、好きな勉強を続けられる人って、選ばれた人間だけなのかな。あんな風に本棚ひっくり返して、探して、見つけて、夢中になって…。自分が憧れた時の流れが、確かにあそこにはあった。

翌日、市場が休みだったので、また手伝いのために院へ出向くと、我先にと、マールが声を掛けてきた。

「リノ、今日はお仕事休みでしょ?」

「そーよ。だから大掃除をしようと思って来…」

「哉汰がね。」

「?」

“哉汰”と言う名前を聞いた途端、リノの鼓動は、急に早くなった。マールは満面の笑みを浮かべて、リノの耳元で囁いた。

「リノに会いたいって言ってる。森の抜け道、案内するよ。」

マールは「すぐ戻るから」とココに告げ、リノを連れて森へと向かった。リノは、高揚する気持ちを何とか抑えようと、深く息を吸った。マールは上着のポケットから、エリマキリスを取り出した。リスは数メートル先に進むと、振り返った。

「彼女が案内人だよ。」

「マール、いつからリスなんて飼ってるの?」

「飼ってるんじゃないよ。彼女は哉汰と僕の、連絡係なんだ。」

そう言うと、マールはどんどんと、森深くに入っていった。リノは黙って、その後に続いた。

落葉が始まった迷いの森は、風が吹く度に木の葉が舞い、その音で、話し声がかき消される程だった。“案内人”と言われたリスは、見失わない程度の距離を保ちながら、更に森の奥深くへと進んだ。本当に、道案内をしてくれているようだった。

歩き馴れた森といっても、こんなに深く入った事は無い…徐々に不安を覚え始めた頃、急に、開けた場所に出た。小屋と、小さな畑らしき場所…そこで一人、作業着を着た哉汰がいた。
小屋の隣のテーブルに置かれた、ダンボール箱を覗いているところに、マールが声を掛けた。

「哉汰!案内してきたよ!」

「…あぁ!いらっしゃい。お呼びだてして悪かったね。」

不意を突かれたリノは、慌てて会釈した。道すがらマールに習った、日本流の挨拶をしてみた。

「こ、『コンニチハ』。」

「『こんにちは』。昨日は失礼しました。お手伝いしてくれたのに、お礼も言わないで…。あ、これを!」

哉汰はダンボール箱の影から、バスケットを取り出した。

「“ロッタ”のマドレーヌです。昨日のお礼に…院のお茶の時間にでも、皆さんでお召し上がり下さい。」

「そんな!私何もしてないのに。こんな高価な物、戴けません…。」

「じゃー僕が貰う!」

マールが突然、哉汰の手から、バスケットを奪った。

「僕、先生にこれ渡して来るから、リノはゆっくりしていきなね。哉汰ありがとー!じゃねっ!」

そう言うと、マールは森の中へ戻っていってしまった。案内人のリスは、慌ててマールを追いかけていった。あまりにも突然の出来事に、リノと哉汰は無言で、マールの背中を見送った。先に我に返ったリノは、申し訳なさそうな顔をして、哉汰を見た。

「…すみません。躾が悪くて;。」

「いいえ。マールは良い子ですね。“フローラ”とも仲良くしてくれるし。」

「…ふろーら…?」

「エリマキリスの事です。今、マールについていったでしょ。」

「哉汰さんのペットですか?」

「ペットとは違います。彼女は仕事のパートナーです。こっちにも、ほら。」

哉汰の目線を追うと、農具小屋の屋根の上に、数匹のエリマキリスがいた。

「“フローラ”の他には、“ロブ”がたまに、仕事を手伝ってくれます。一番右の彼です。」

「はぁ…他のリス達は?」

「彼等は普通のエリマキリスですので、名前はありません。“ロブ”と“フローラ”は、自ら名乗ったので、僕もそう呼ぶことにしているのです。」

…名乗ったって?この日本人は、不思議な話ばかりを続ける…リノは少々混乱してきた。その様子を見て、哉汰は微笑みながら言った。

「“ロブ”と“フローラ”は、『サラの民』なんです。」

「…え?本当なんですか、それ!?」

「本当ですよ。お二人は、姿形はリスですが、ちゃんと言葉を理解出来るし、言葉は発しなくても、心で意志を伝えてきます。まぁ、誰とでもと言う訳ではありませんが。」

リノは驚いた。『サラの民』が、クルトの『迷いの森』にいるなんて。サラは人の形を捨てた種族で、クルトやトロンとは違う土地に、移り住んだと聞かされていたからだ。哉汰は更に、言葉を続けた。

「『サラの民』は、色々な形で、クルトとトロンを監視しているのです。“ロブ”と“フローラ”は、若干リス寄りですけどね。たまに、趣向の変わった動物が居るとか、聞いたことありませんか?例えば、肉食のはずのネコが、実はベジタリアンだとか。或いは平均寿命を遥かに超しても、元気に生きている犬とか。いつも一カ所だけ、花の咲く時期が違う花畑とか。それらは嘗て、人間だった頃の名残の可能性があるのです。」

「その犬や猫達も、『サラの民』かもしれないんですか?」

「そう。至る所にサラは居て、私達の日常を、観察・監視しているのだと思えば、滅多に悪い行いは出来ないものです。私達はいつか、サラの許しを得て、共存していかなければならないのだから。サラが人の形に戻って、この島に還って来るには、僕達の日頃の行いが、重要な道標になるのです。」

「…随分、お詳しいんですね。」

「『サラ信仰』は、だいぶ勉強しましたからね。…あ、こんな話つまらないですね;。」

「いえ、そんなこと無いです!とても興味深くて面白いです!」

リノは哉汰の話を、瞳を輝かせて聞いていた。『サラ信仰』の話は、クルタミアなら、子供の頃から必ず教会に行って、聞かされる話だった。一昔前なら義務教育でも必須科目だったが、最近は修学しなくても良い傾向が目立ってきた。リノは自由研究としてレポートを提出するほど、『サラ信仰』に興味があった。
哉汰の語り声は、授業を受けている様に感じられた。
その声はとても心地よく、リノの心は安らいだ。

「お茶をいれましょう…どうぞ、座って。さっき『狭山茶』が届いたんです。日本茶も美味しいですよ。」

「はい、ご馳走になります。」

哉汰はダンボール箱の中から、茶筒を取りだし、お湯を沸かした。全て日本から送られた物らしい。
手際よく茶をいれると、『煎餅』と呼ばれるお菓子を添えてくれた。

「良い天気ですね。」

「はい。」

リノが煎餅を手にすると、恐らく“ロブ”と言う名のエリマキリスが、テーブルに降りてきた。

「少し割って、あげてください。」

「え、これを食べるんですか?」

「食べたいから、来たのでしょう。彼は美食家なんです。」

半信半疑で煎餅を割り、差し出すと、ロブは手を軽く合わせ、目を閉じてから、受け取った。
それを見た哉汰は、同じように手を合わせ「南無南無」と呟いた。

「…『なむなむ』って、何ですか?」

「これは彼に、私が教えた、挨拶です。…簡単に言うと『お互い命があって良かったですね』と言う意味で…」

目の前でロブが、パリパリと音を立てて、煎餅を食べているのを、リノが不思議そうに見つめていると、哉汰は嬉しそうに、目を細めた。穏やかな風が吹き、小鳥のさえずりが聞こえた。

「…哉汰さん。」

「…は、はい?」

「お話、続けて下さい。『なむなむ』のお話、聞かせて下さい。」

「……はい。」

リノは哉汰の話を、瞳を輝かせながら、聞き続けた。お互い、初めて出逢うタイプの人間だったが、打ち解け合うのに、時間は要らなかった。

 


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りるる

更新おつかれさまですー(><)ノ
続きまってましたよ♪ニマニマしながら読んじゃいました!
リノが自分の身の回りの事を比べながら哉汰を思い出す
マールに言われてさらにドキドキ!
よかったですーーー(*ノノ)
そして哉汰との会話はそこにある空気や雰囲気にあわせた感じに
会話が進み自分もその森にいる感じまでしちゃいました!
今まで出会った人たちと違うけど 2人はどこか似ている…?
といった感じなのでしょうか 打ち解けて話す2人の姿が
目に浮かびました(^-^)
by りるる (2009-05-22 17:40) 

さめ宗家めぐ

>りるるさん
早速読んで下さって、ありがとうございましたm(_ _)m
マールとか、ツルギがいないと、このお話進まないんですよね~;
早く違う展開を…と思っても、なかなか強引に行くタイプじゃないしw

似たもの同士だと、友達のままで続いてしまいそうですので、
別の要素を入れませんとね…。
また、ツルギに頑張って貰わないと…。
次回はもっと、早めに更新したいと思ってます。

by さめ宗家めぐ (2009-05-22 22:05) 

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