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壱章「契約」4:図書館での出逢い [壱章:契約]

4:図書館での出逢い

「ち、ちょっと待って!」

リノは、手を引き足早に進むマールを止め、ブラウスの第一ボタンを留め、髪をなでつけ、マールの前で、くるりと回って見せた。

「どうしたの?」

「私、何処か変じゃない?」

「…変なところなんか無いよ。早く行こうよ。」

「もっとちゃんと見てよ~!」

「大丈夫大丈夫。哉汰はそんなの気にしないから。」

「そうは言っても、初めてお会いするのに、失礼じゃ…。」

「あ、いたよ。哉汰。」

躊躇するリノの手を取り、マールは奥の窓際の本棚に向かった。

一瞬、時が止まった様に感じた。それは、今まで経験をした事のない、不思議な感覚だった。リノは声も出せずに、その場に立ち尽くした。

西日が優しく差し込む窓の前に、木製の脚立の一番上に座り、本のページをめくる青年がいた。眼鏡を掛け、黒く長い髪を束ね、日本の服と思われるものを着ていた。西日の中に佇むその姿は、例えようもなく美しく見えた。

青年の周りには、数冊の本が、音もなく浮かんでいた。心なしか、着ている衣服や髪の先も、浮かんでいる様に見えた。青年が静かに左手を挙げると、浮遊していた一冊の本が、無音で移動し始めた。青年は手に持つ本から目を離さず、人差し指を軽く立て、何か呟いた。すると本が開き、パラパラと頁を開いた。青年は、開いた頁と手元の本を見比べて、一つため息をついた。

「『かなた、コンニチハ』。」

マールが静かに、日本語で話しかけた。その声で、リノは我に返り、無意識のうちに開いていた口を閉じ、唾を飲み込んだ。

「『あぁ、マール…こんに ち は…』。」

哉汰と呼ばれた青年は、気のない返事をして、マールの方を見なかった。

「マール、早速なんだけど…この本の…」

哉汰は訛りのない、流暢なクルタミア語を話し、今魔法で呼び寄せた本を、また指を立て動かした。音もなく移動する本は、リノの前で止まった。

「この植物なんだけど、似たようなもの、君のお兄さんが働いている市場で、見たことあるかな…?」

そこで初めて、哉汰はマールの声がした方に、顔を向けた。しかし、目に入ったのは、差し出した本と、その先にいたリノの姿だった。

リノの姿を確認して、哉汰は固まった。どういう状況なのか、全く分からなかった。次の瞬間、バサバサと大きな音を立てて、浮いていた本が一斉に落ちた。

「わ゛ぁ!!」

広い館内に、本の落下音と、哉汰の叫び声が響いた。哉汰は慌てた序でに、脚立から落ちそうになった。

「危ない;!」

リノとマールは、素早く脚立を押さえ、哉汰の落下を防いだ。散乱した本を片付けていると、図書館の担当者が駆けつけてきた。三人で謝り、事なきを得た。哉汰は頭を掻きながら、恥ずかしそうに頭を下げた。

「すみません…マールだけかと思って…あの?」

「あ、あの私、マールの院で…お手伝いをしている、リノと申します。初めまして。」

リノは軽く膝を曲げ、哉汰に挨拶をした。一連の騒動で、辿々しいものになってしまった。

「あぁ、貴女が…マールからお噂を。」

それを聞いた瞬間、リノはマールを睨んだ。「余計な事言ったんじゃないか?」と言う疑いの視線に、マールは首を横に振った。

「院長先生の代わりに、小さい子達の面倒を見ているとお聞きしたので、てっきり…。」

「…え?なんですか?」

「いいえ、何でもないです。」

リノは何か引っかかると思ったが、すかさずマールが、割って入った。

「あのね哉汰、リノも市場で働いているから、農作物の事は、僕より詳しいんだ。だから連れてきたの。分からないことは、リノに聞くといいよ。もう今日は、市場のお仕事終わったし!」

「…はぁ。」

マールはどんどんと、勝手に話を進めていき、何故かリノは、哉汰の手伝いをさせられることになった。

「農作物…ですか。」

「はい、日本とクルトは四季もあって、とても気候が似ているんです。日本の作物も、この国で育てることは出来ないかと思いまして。」

「ふーん、魔法使いって、色々な事をするんですねぇ。」

「マールがそう言ったんですか…?魔法使いって言うほど、僕は魔力が強く無いんですけど…。今は只の学生でして、これも趣味の研究なんです。魔法使いとして、何かしているわけではなくて…。」

閲覧スペースの椅子に座り、本をめくりながら、二人は小声で話した。いつの間にか、マールの姿は見えなくなっていたが、二人はその事を気にとめず、棚から本を引き出しては、めくり続けた。

「外来種は検疫とか、色々と手続きが必要なので、クルトで収穫される作物と、似たような物から数種類選んでから、申請しようと思いまして…。」

「あぁ、それなら…。」

リノは暫く席を離れ、程なくして、一冊の本を抱え、戻った。

「こう言うのはどうでしょう。歴史の棚にあったんですけど…国の歴史と、庶民の食文化の本です。」

「…なるほど!そうか…植物自体を調べるよりも、食文化から見た方が、絞りやすかったですねぇ。」

哉汰はリノを見て、優しく微笑んだ。

「リノさんは、僕なんかより、よっぽど賢いですね。僕はさっきから、醜態ばかりさらしてしまって。」

「そ、そんなこと…。」

リノは、哉汰の笑顔に、一瞬で心を奪われた。赤くなるリノに、哉汰は全く気付かず、リノが持ってきた本を開き、眼鏡をかけ直し、また研究に没頭し始めた。それきり、一度も目を逸らすこともなかった。リノは哉汰の姿を見て、周囲の事などお構いなしで、本当に好きな事をやっているのだなと感じ、微笑んだ。
この人は、ジズなんかじゃない。マールが信頼しているのも、よく分かった。

気がつけば、窓の外が夕暮れの色に変わっていた。もうすぐ図書館も閉館だが、哉汰は気付いていないようだった。リノも、アルバイトに向かう時刻だ。リノは静かに、その場を後にした。
哉汰の背中が見えなくなるところで、リノは日本式の挨拶をした。静かに頭を90度に下げたとき、目に入ったのは、自分の汚れた革靴だった。マールの言うとおり、気にしない性格だとは何となく感じたが、靴の汚れが、哉汰の目に止まっていなければいいと願った。

自分は靴が汚れるのも気にせず、働き蜂の様に、朝から晩まで働かなくてはいけない。自分の好きな研究を、時間の許す限り続けられる哉汰の様な人と、同じ時間を過ごす事が出来るとは、今まで到底思えなかった。今日の出来事は、リノにとって新鮮で、素直に喜ばしい事だった。

黄昏の道を進むリノの中に、心地よい疲労感と、哉汰の優しい笑顔が残っていた。

リノと入れ替わる様に、ツルギが図書館にやって来た。

「…“哉汰”様、お時間です。」

「…あぁ、ツルギ。来たの。」

「ずっとお一人だったんですか?」

「別にいいだろー。僕が誰と居ようと。」

「…一人だったんですね。魔法は使ってないですか?」

「なんだよ、細かい奴だなぁ。」

「…使ったんですね…まったく。貴方コントロール下手くそなんだから、使うなって言ってるでしょ。」

「だって、本て結構重いんだもん。」

「もー!お気楽者なんだから!迷惑かけてないでしょうね?閉館ですよ、帰りましょう。」

哉汰はツルギに連れられて、図書館を後にした。ツルギがもっと協力的なら、マールに手伝いを頼まなかったのに、と、心の中で思ったが、おかげで、利発な少女に逢うことが出来た…。

いつの間にか消えていた、リノと名乗った少女の事を、カーダはぼんやりと考えていた。

 


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Riruru

会うのにドキドキしている感じがとてもよく
伝わってきました☆
哉汰の行動にニマニマ(*´ω`*)かわぃぃ!
生まれや生活状況・立場など色々と違う2人が
ゆるやかに近づく感じの進み具合がかなりいいなぁ♪
ツルギの哉汰への態度・対応がかなりダイスキです!
2人があれこれと会話してるのを 聞きたくなっちゃいます(^-^)


by Riruru (2009-04-14 17:59) 

さめ宗家めぐ

>Riruruさん
いつも感想ありがとうございます。
もー実際、ここら辺すっ飛ばしてしまいたいってくらい、イライラっとしていた
のですが;壱章の主役は、のんびり屋さんなものでねぇ。
ツルギが出てこないと、話進まないんだもん(笑)
でもRiruruさんにそう仰っていただくと、書いて良かったなぁと思います。

せっかく私の妄想の中から、ブログという形で外へと飛び出した訳ですから、
これからも、大切に書いてあげたいと思います。
本当にありがとうございます~。コメント励みになります♪
by さめ宗家めぐ (2009-04-14 18:38) 

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