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壱章「契約」7:哉汰の事情 [壱章:契約]


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7:哉汰の事情

リノは立ち上がり、哉汰に貰ったストールを肩に掛け、窓を開けた。エリマキリスは部屋に入り、手を合わせ、深々と頭を下げた。リノも、同じ形の挨拶をした。

「ロブ…さん?」

リノが訪ねると、エリマキリスは嬉しそうに飛び跳ねた。見分けることは出来ないが、どうやら彼は、哉汰の使いの“サラの民・ロブ”で当たっていたようだ。ロブはすぐ、リノの心に話しかけてきた。

『こんばんは…リノ様。』

「こんばんは…私に何か?」

『昼間の事で、カーダ様がお話したいと申しております。今、お時間宜しいですか?』

「は、はい、構いません。」

『では、今から直接お話出来るよう、カーダ様の所にいる“フローラ”と、お繋ぎ致しますね。暫しお待ちを。』

そう告げるとロブは、静かに目を閉じた。暫くして、ロブの心の声が、カーダの声に変わった。

『リノさん…聞こえますか?哉汰です…。』

「はい…聞こえます、こんばんは…哉汰さん…。」

カーダが自ら“哉汰”と名乗ったので、リノもそれに併せて挨拶した。

『良かったー!お話してくれて。…昼間は驚かせてしまって、すみませんでした。色々な事を、貴女に秘密にしたままで…きっと混乱していらっしゃいますよね?さっきロブから、貴女が泣いて帰ったと聞いて、とても反省しました。本当に、申し訳ございませんでした。』

「!!」

驚いてロブの顔をのぞき込むと、ロブは慌てて、視線を逸らした。

『ロブに叱られました…。』

「そんな…私の事など、哉汰さんの様な立派な方に、気に掛けて貰うだなんて、とんでもないです。私の方こそ、居眠りしてしまったり、沢山暴言を…私、恥ずかしくて訳分かんなくなって…泣いたのは、哉汰さんの所為じゃありません。どうか、お気になさらないで下さい。」

『…僕の方こそ、貴女に沢山、失礼な振る舞いをしてしまいました。お恥ずかしい。』

哉汰の声は、元気がなかった。サラの民まで使いによこして、彼は一体、何を伝えたいのだろう?市場の仕事は朝が早いので、本来なら就寝する時間だったが、それを伏せて、彼の話を聞くことにした。

『僕はこの歳になっても、身分を明かさず、人と接しなくてはいけない…恥ずかしい話です。僕が何故、日本から城に戻されたのか、話を聞いて下さいますか?』

「はい…。」

『実は、トロンの戦が長引いているので、僕は“もしもの時”に、血を受け継ぐ人間として、強制的に帰国させられたのです。』

リノは最初、哉汰の言葉の意味が、理解出来なかった。妙に引っかかる言い方をする…。哉汰は力無く、言葉を続けた。

『僕の母は、側室でした。王位継承者の証である、銀髪でないのは、そう言った理由です。兄上と僕は、違う教育を受けて育ちました。兄上には、王になる力があるけれど、僕にはその能力がありません。だから僕は、出陣もせず、城に残っているのです。』

「…王になる力…?それとトロンの戦と、どういう関係が?」

『クルトの王になる者は、お金と時間を掛けて、帝王学を学ばされます。戦の時に、研ぎ澄まされた能力…つまり、悪魔に打ち勝ちねじ伏せ、大きな魔力を使える様に。王位継承者は、この島に棲み着いた悪魔を懐に飼い、それを押さえ込む力の反動で、強い魔法を使うのです。それだけの器を持てるよう、幼少の頃から鍛え、育てられる訳です。』

「…(院長先生に、話だけは聞いていたけど、それって本当のことだったのね)。」

『しかし、僕は元々素質が無く、大して魔力を伸ばせないと判断され、民間人と同じような教育しか、受けてきませんでした。成人してからでは、今から同じ教育を受けたとしても、その能力は伸びません。』

「…。」

『トロンとは、“血の契約”があります。クルトの王族は必ず、トロンの力になるように、と。この小国が独立した国家であり続ける為には、必要な事なのです。僕に能力が無くても、その血を継ぐ者の中に、必ず王の力を持つ者が生まれる。この国に災いを持ち込まないために、クルトの王族は代々そうしてきました。男が生まれれば、クルトを継ぎトロンに力を貸す。女が生まれれば、嫁がせるという…。』

あまりの話の深刻さに、リノは戸惑った。それにさっきの言葉が、引っかかった。

「待って下さい…“もしもの時”…って、どういう事ですか?」

『…兄上が、血を受け継ぐ者を残す前に、命尽きる場合…。』

リノは絶句した。

『城の呪(まじな)い師が、兄上を占った時、妙な影を見たと…。』

「…そんなまさか!だって、ザガ様は帰ってくるのでしょ?トロンの戦は、終結に向かっているって新聞には!」

『そうですね、僕も兄上が所属する陣は、先に引き上げると聞いています。ただ、事が起こってからでは遅い、と。僕は、その為の保険なんです。だから安全の為に、普段から行動範囲が決められ、偽名を使うことになっているのです。一部では王族と知ってても、園宮を名乗ったときは、お忍びだと気遣って下さる民間の方もいらっしゃいますから、窮屈などと思っては、失礼ですけどね。』

「…。」

『日本で自由にさせて貰っていただけに、僕の振る舞いは、良く思われないし。今は少し…城の者の干渉も厳しくて。好きな研究を続けさせて貰える事が、僕の唯一の心の拠り所なんです。父上も体調が優れませんし。兄上の帰国までは、傍にいて、安心させてあげたいし、僕自身も、兄上のお早い帰国を望んで待っているのですが。』

戦に使う力を、受け継がなくてはいけない。それも他国の為に。次期王である兄に、悪い占い結果が出ただけで、急に拘束されて…今まで民間人と、同等扱いだったのに、急に“血を継ぐ保険”だなんて。お城の人達は、なんて酷い言い方をするのだろう。
リノは、哉汰の立場でも、思い通りにならない事があるのだと、この時の会話で悟った。そしてなんだか、気の毒にさえ思えてきた。

『だから僕は、貴女方が羨ましくて、ついつい身分を明かさず、親しげに接してしまいました。』

「私達が…羨ましい?」

『日々を精一杯、笑顔で生きている…本来、人があるべき姿そのものです。とても素晴らしい。僕の方がよっぽど、恥じる生き方をしています。身分や名前を偽って…貴女方とは、とても対等にお話出来るような、立場ではないです…。だから色々と、黙っていました。少しでも、普通の人らしく、接していたかったので。さっきはツルギの前だったので、何も説明できませんでしたが、今は反省しています。』

羨ましい…院生で、他の生徒からずっと、一線引かれた接し方をされてきた私達の事を、そんな風に思ってくれる人がいるなんて、考えもしなかった。そして哉汰という人は、なんて心が優しいのだろうと感動した。
こんな話、誰彼構わずするものではないだろう。彼は、リノ自身から発せられる言葉を、待っている気がした。彼の心に応えるべく、リノは、意を決した。

「大切なお話、聞かせてくれて、ありがとうございます。」

『いえ、こちらこそ…何も話さずに失礼しました。』 

「私は、哉汰さんの事を、とても素晴らしくて、素敵で、今もロブさんが来るまで、私なんかがお話出来るような方ではないと、反省していました。」

『そんなことないです…僕こそ…。』

「…なんか、変ですよね、私達。」

『え?』

「生意気な言い方かもしれませんけど…だって、お互いを賞賛して、自分のことを蔑んで…。自分が尊敬する相手が、自分の事を尊敬してくれるなら、お互いもう、自分自身を、必要以上に悲観しなくても良いんじゃないでしょうか。そう言う事にしませんか?私、貴方が身分を隠したことは、ちっとも悪いと思っていないのですから。」

『そ…それで、良いのでしょうか…。』

「そうですよ。今日のお話は、私の心だけに、閉まっておきます。絶対、誰にも言いません。」

『それなら…それでしたら、また、今までと同じ様に、哉汰として逢っていただけますか?』

「勿論!私なんかで良かったら、いつでも。」

『はぁ…良かった…。本当に、良かったです。』

哉汰の声から、安堵の表情が伺えた。リノもホッとした。ロブもなんとなく、肩の力が抜けた様だった。

『遅い時間に、失礼しました。今夜はこれで、引き上げます。』

「分かりました。おやすみなさい。」

『はい、おやすみなさい。』

そう告げると、ロブは手を合わせた。声は哉汰から、ロブに変わった。

『お時間を頂き、ありがとうございました…とてもとても感激いたしました。』

「ちょっとロブさん。貴方、告げ口したのね?」

『あぁどうか、お気を沈めて下さい…勝手な事をして、申し訳ございません…。』

「怒ってないわ…ちょっと恥ずかしいけど。哉汰さんとお話出来る時間をくれて、ありがとう。」

『他でもない、王子様の頼みですから。それに、リノ様は、我々にとって、とてもとても大切な御方。』

「我々…って?」

『我々は、リノ様の味方です。王子様の大切な御方ですので。では、失礼。』

そう言い残すと、ロブは開いている窓から、去っていった。我に返ると、また新たな疑問が、リノの心の中に沸き起こった。また会う約束をしたが、どんな顔をして会えばいいのか。好感は持ってくれている様だが、結局哉汰は、リノのことをどう思っているのか、分からないままだった。
それでも、寝る前に「おやすみなさい」を言える相手がいるのは、リノにとって、喜ばしいことだった。考えてみると、院を出てから、初めての事…リノは、窓から見える月を見ながら、小さな幸せを噛みしめた。どう思われているにせよ、哉汰にまた逢う事が出来るのだ。今宵は月までも、リノの心と同じく、一層輝きを増している様に思えた。

時を同じくして哉汰も、城内の自分の部屋の窓から、月を見上げ嬉しそうに「おやすみなさい、か。」と呟いた。微笑む哉汰を見ながら、フローラは、やれやれと言った様子で、溜息をついた。

 


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りるる

はっ!!更新されてたのですね(><)
遅くなり申し訳ないです…はぅ
この先2人どうなっちゃうんだろう!っておもってたら…
よかったですvvvちゃんとお話しができて
ロブさんナイスです(><)フローラさんのやれやれ態度には
にはは^^ってこっちまでおもっちゃいました。
哉汰の取り巻く立場にビックリでしたが
これからどう切り開いていくんだろう!って思いました
それが楽しみなんでしょうね ふふvvv
セリフが色分けしてあって 読みやすかったですよ♪
ありがとうございます(^-^)
次回もたのしみにしていますねv




by りるる (2009-07-23 14:55) 

さめ宗家めぐ

>りるるさん
お忙しいのに、こっちまで来てくれてありがとうございます。
このお二方は、ロブさんやツルギがいないと、動けないっつーか;
哉汰の鈍くささも、色々事情があってのこと。また文章書かにゃ~。
そのうちまた、コッソリ更新しておきます(^^)

今後は、人間が沢山出る回もあると思うので、色分けしていく予定です。
過去の記事も、いじらんとね;ぼちぼち頑張ります。
by さめ宗家めぐ (2009-07-23 21:29) 

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