壱章「契約」12:例え離れたとしても [壱章:契約]
一行解説(1~6はコチラ)
7:哉汰はリノに、自分の秘密を打ち明けた。お互いの胸の内を知り、また会う約束を交わした。
8:市場にやってきた哉汰を怪しむトーマ。リノの恋心とマールの直向きな思いを知り戸惑うが…。
9:トーマは、リノと婚約を解消。自らの様々な思いを封印し、リノを哉汰の元へと送り出した。
10:哉汰は自分の気持ちに気付き、リノに思いを告げ、リノは戸惑いながらも、哉汰を受け入れた。
11:時を重ね、親密さを増す2人だが、哉汰の公務により、一時離れることに。
台詞の色分け
リノ…オレンジ
哉汰&カーダ…水色
ツルギ…黄色
トーマ…緑
アニータ:ピンク
12:例え離れたとしても
市場での仕事中リノは、哉汰から貰った指輪を眺めては、笑みをこぼしていた。リノがお世話になっている青果問屋の娘アニータは、その様子を見逃さなかった。
「あー!リノったらどうしたの?彼氏からのプレゼント?」
「え、まぁ…そんな感じ。あ!でもまだ内緒ねっ。」
「い~いな~~!あたしも彼氏欲しいなぁ~~…。」
そう言うとアニータは、ため息をつきながら、自分の手元に目を移した。裏口の段差に腰掛け、ザル一杯のサヤから豆を取り出し、袋に詰める仕事を、これからリノとするところだった。
「あーあ。こんな地味~な豆剥き作業ばっかりじゃ、王子様も寄って来ないわね。」
「まぁまぁ、頑張ろう!」
作業は地味だが、同じ歳同士でお喋りが出来るので、2人共この仕事が嫌いじゃなかった。いつも話題は、アニータの口から飛び出した。今回も、それはすぐに始まった。
「ねぇリノ、知ってる?」
「んー?」
「国王の息子で、カーダ様って居るでしょ?さっき新聞に載ってんの見たんだけどさ~。結構格好いいんだよ!ほら、これ!」
アニータが満面の笑みを浮かべて、哉汰の写真が載っている記事を、リノに見せた。リノは勿論、指輪の贈り主が王族カーダだと言うことは、絶対に口にするまいと誓っていた。アニータは良い子だが、この噂好きにばれたとき、どうなるかと考えたら、正直恐ろしいと思っていた。記事を読もうとすると、すぐに新聞を回収された。その代わり、記事の内容は、アニータの口から語られた。
「今まで留学してて、公務は殆ど無かったから、公の場に出ることなんて無かったのよね。元々王族って、あまり露出しないもんね。この写真貴重よー!やっぱりロイヤル・ファミリーって憧れちゃうよね!」
「そう…だね;」
「新聞1面には、トロンの戦が終わりに近づいて来たって書いてあるから、お兄様のザガ様の隊も、直に引き上げてくるって。」
「ホント?それは良いニュースだね!やっとかー!」
「そ・れ・で!噂では、ザガ様が戻られたら、カーダ様の結婚じゃないか?とか言われてるの。どんな方と結婚するんだろうね~!!」
「え、け、結婚?」
「そー!それにこのご公務だって、実は『お見合いツアー』だって言われてるんだよね~。各国のセレブとお食事して~乗馬して~観劇して~!い~いな~~~!!」
アニータがうっとりと宙を見ている隙に、リノは新聞を取り返した。アニータが言ったとおりの内容が、記事に書かれていた。
「王族の結婚式か~。パレードとかするんだよね、きっと♪素敵だねーー!!」
「…(なによこれ!そんなこと一言も言わないで)」
哉汰はリノに、兄・ザガの代理として、各国を回ると告げていたが、詳しい内容までは知らされていなかった。内訳を知り、苛立ったリノは、無心にサヤをむしり始めた。そこにトーマが顔を出した。
「おーい、リノいる?…あぁいたいた。何怒ってんの?」
「(ジロっとトーマをにらみ付ける)何の用?」
「あのさー大家さんから連絡あってさ~。うちがある区域が今、下水道壊れて大変なんだってよ!いつ直るか分からないんだって。俺らが出勤した直後だって…参ったよ。でさ、ちょっとの間、風呂貸してくんねーかな。院よりリノん家の方が近いから、頼むよ。」
「あーうん。分かった。」
「お、新聞あるんじゃん。今朝の話じゃ、さすがに載ってねーか…?」
トーマが、リノの隣に置いてあった新聞を手に取ると、哉汰の写真が目に入った。トーマは一瞬の間を置いた後、目と口を見開いた。声を上げそうになるのを抑え、リノに目を移すと、リノは「黙ってろ」と、こわばった顔で小さく首を横に振った。
「トーマ!見てよこの記事ー!王族よー本物のっ!」
アニータには気付かれずに済んだが、記事の内容をまた一頻り語られそうになった。これ以上長居すると、サボっていると思われるので、トーマはその場を誤魔化し、立ち去った。
仕事が終わり、トーマはリノの部屋にやってきた。リノは夕食の準備に取りかかっていた。リノのお帰りも聞かず、トーマはリノに詰め寄った。先ほどアニータが持っていた新聞と同じ物を、何処かから持ってきて、リノの目の前に突き出した。
「どーーーいうことだ?あれだろ?哉汰さんだろ?…王子なの?」
「そうだよ…。」
「カーダって次男だよな。てことは、時期王位継承者じゃない方で…ただの金持ちのボンボンて感じか…すげーーーじゃん、リノ!やったなーーー!」
「やったなーって…。」
トーマは新聞記事に目を落とし、何度もカーダ王子の記事を読み返した。いい加減な内容と、いつもの哉汰の身なりとは全く違う写真に、吹き出してしまった。
「でもあの人変わってるよなー。いっつも変な服(和服)着てるし。俺らと12も違うのに、からかったらマジなリアクションするし。マールの話からしてみても、あの人本当に、リノのこと好きなんだろうな。時間見つけては、院の手伝いしてくれてるんだろ?」
「あんただって、あーいう人好きじゃん。あんまり、いじめないでよね。」
「いじめてねーよ。話したのだって、あん時くらいだもん。」
「どうせ家で炊事も出来ないんでしょ。ご飯作るから、先に汗流して来なよ。」
トーマはリノに促され、バスルームに向かった。戻ると、夕食の用意が出来ていた。席に着き、手際よく動くリノを眺めながら、トーマは呟いた。
「リノ…綺麗になったな。」
「え、何よ突然?」
リノも席に着くと、トーマは料理に手を付けながら、話を続けた。
「ずっと一緒にいると、分からないもんだなと思ってさ。俺なんでこんな綺麗な子、彼女にしたいって思わなかったんだろう。」
「何よそれ(笑)。私達は、『兄』と『妹』で育ったんだから、そんな気にならなかったってことでしょ。」
「そーなのかな。でもなんかずっと前から、リノの相手は哉汰さんだって、決まってた気がする。」
「急にどうしたの…?」
「俺、黙ってたんだけど…リノの為に、金貯めてたんだ。進学させるつもりでさ。」
「え?…ただのケチだと思ってたら…それ、私の為だったの?」
「でももう、その必要無いよな。その金、マールに使うことにする。あいつ最近、勉強頑張ってるから。院継ぎたいとか言ってるし。あいつなりに、考えてるんだ。だから応えてやりたい。」
「…」
「子供の頃、俺達が結婚して、院を継ぐと約束をしていたことを、マールは信じてたから。それが叶わなくなったから、今度は自分が、ココと一緒に、院を守るって言い出したんだ。」
「そうなの…。」
「ココみたいに傷害を持つ子が、孤児院を運営するのには、色々と越えなきゃいけないハードルがあるだろ。だから勉強して、資格取って、院とココを支えたいんだってさ。」
「今からそんなこと、考えてるんだ…。」
「マールも応援しているんだよ、お前と哉汰さんのこと。2人を引き合わせたのは、あいつだからさ。俺の『ケチ』も、リノに対して唯一形になってた、俺の“愛情表現”なんだぜ。」
「なによそれ!ケチった分、私がご飯食べさせてるんじゃ、一体何がありがたいんだか。」
そう言うと、トーマとリノは笑い合った。
“君は独りじゃない”
そう言ってくれた哉汰の顔が、目に浮かんだ。本当にその通りだ。リノには沢山味方が居たのだ。
一方、異国の空の下、哉汰が宿泊する部屋に、ツルギが不機嫌な様子で入ってきた。
「ツルギ、何処に行ってたんだ。飲み直しますよ。付き合いなさい。」
「貴方が追い返した令嬢を、下まで送ってきたんですよ。もう(酒)やめておいた方が。」
「酔ったフリしてただけです。女性が男の宿泊する部屋にまで押しかけるなんて、どういう教育受けて来たんだか。」
「ひっぱたかれたんですか?頬が赤くなってますよ。」
「香水が臭いと言っただけでこれです。何で毎夜、こんな目に遭わされなきゃならんのですか。」
「貴方がなかなか、女性に心を開かないからでしょう。おかげで今も、貴方はゲイで、俺と出来てるんじゃないかとか言われて…。ちょっと、今、良いアイデアだとか思ったんじゃないでしょうね?」
「え、駄目?」
「駄目です!何考えてるんですかあなた!」
ツルギは空いているソファーに深々と腰をかけて、タイを緩めた。ため息をつきながら、気怠そうにブランデーを注ぐカーダを見た。
「まったく…各国での会食も、途中で抜け出すわ、要人の娘のエスコートは逃げるわ…。」
「ただの“種馬品評会”じゃないですか、こんなの。」
「なんてことを言うんですか!皆、大事な貴方の任務です!大体、承知していらしたんでしょう?」
「あの時とはもう、違うんです。私が愛しているのは、薔薇の花だけですから…。」
「また、訳の分からんことを…!分かりました、飲みますよ俺も(やってらんねー)。」
ツルギは、カーダが注いだまま放置していた、ブランデーを取り上げた。カーダは力なく、ソファーからずり落ち、床に座り込んだ。
「あぁ…早く帰国したいなぁ。」
「…カーダ様、まさかあの『リノさん』に、本気な訳じゃないですよね?」
「…」
「あははは!ロリコンだったとはな~!道理で相手が決まらん訳だ。」
「そう言う言い方しないで下さい!…好きになった人が、12歳年下じゃ、いけないんですかっ!」
「それをロリコンて言うんだって。やめとけよ、あの子には『トーマ君』が、いるじゃないですか。今頃2人で仲良くやってると思うけどなー。邪魔者は居ないしさ。だからカーダ様も、真剣にお相手を…。」
ツルギがカーダに目を移すと、床に座り込んだカーダの体から、何やらハートの形をした葉を付けた、ツタのような植物が生え、カーダの体を覆い始めた。縮こまるように座り直すカーダが、どんどんと、緑色の塊に変化していった。
「うわ!…変な魔法出さんで下さいよ(うぜぇなぁ、もう…)。」
「気分が悪い…帰りたい…。」
「…(駄目だこりゃ)」
カーダはリノに出逢ってから、たまに、今まで見たことのない魔力を発揮するようになっていた。ツルギが見たところ、体や周りに害は無さそうなので放置していたが、どうやら魔力が上がっていることは確実で、それはリノに関係しているのは明らかだった。元々カーダが持っていた力が、解放されつつある兆候であったが、ツルギはそれが良いことなのか逆なのか判断しかね、上には逐一報告してはいた。
今回のこの症例は見たことがない。人目に触れる場所で、力を解放されては困る。自分でもどうやって使っているか、分かっていないようだしな…。
「…分かりましたよカーダ様。“体調不良”ってことで、『品評会』はばっくれて、予定より早く帰りますか。」
「!!」
「その代わり、昼間の式典関係には、出席して頂きますからね。こっちは本当に、大切な任務ですから。」
「分かった分かった!」
無邪気に万歳したカーダからツタが消えた。カーダは、窓の外を眺めて祈りを捧げた。
「(リノ、待ってて下さい。すぐに戻りますからね…!)」
「(はぁ、苦労するわ、俺…。)」
そのぼんやりとした不安は、いずれ形となって現れる。
戦地トロンの空には、暗雲が立ちこめ始めていた。
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