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壱章「契約」11:君はひとりじゃない [壱章:契約]

一行解説(1~6はコチラ

7:哉汰はリノに、自分の秘密を打ち明けた。お互いの胸の内を知り、また会う約束を交わした。
8:市場にやってきた哉汰を怪しむトーマ。リノの恋心とマールの直向きな思いを知り戸惑うが…。
9:トーマは、リノと婚約を解消。自らの様々な思いを封印し、リノを哉汰の元へと送り出した。
10:哉汰は自分の気持ちに気付き、リノに思いを告げ、リノは戸惑いながらも、哉汰を受け入れた。

台詞の色分け

リノ…オレンジ

哉汰…水色

ツルギ…黄色


 

11:君はひとりじゃない

 

「…ノ、リノ?」

「きゃああ!!」

リノは急に腕を捕まれたので、悲鳴を上げた。手はすぐに解かれた。

「あ、すみません。僕です、哉汰です。」

「…」

「何度も呼んだんですよ…結構降って来たから、傘を。昼間会ったとき、持ってなかったから。」

「あぁ、ごめんなさいっ!全然気付かなくて。」

気が付くと、かなり雨脚が強くなっていた。リノは哉汰に貰ったストールを巻いて雨よけにしていたが、それも水滴をはじかないほど、雨が染み込んでいた。哉汰はリノの肩を抱き、傘の中へ引き寄せた。

「今日は終わるの、早かったんですね。お店に着く前に、姿が見えたので、追いかけて…。」

「空いてたから、早めに上がって良いって言われて。雨だとお客さん、あんまり来ないから。ツルギさんは?」

「内緒で来ちゃいました。就寝したことにしたんで。送ります。」

哉汰は明日から数日、公務で何カ国か回ることになっていた。今日は市場が休みだったので、暫く会えなくなるからと、哉汰が手入れする庭で、ピクニックをして過ごしていた。お互い思いを伝えてから、暫く時を重ね、2人の距離は更に近づいていた。哉汰には常にツルギがお供に付くので、2人きりになることは、あまりなかったが。

リノの部屋へ向かいながら、哉汰は静かにリノを見つめた。昼間にあったときとは、明らかに様子が違っていた。

「ありがとうございました。お茶でもどうですか。体も冷えたでしょ?」

「いえ、お誘いは嬉しいですが、お疲れのご様子ですから、ここで失礼します。」

哉汰はやんわりと微笑み、帰ろうとしたが、リノは哉汰の袂をつまみ、小声で「一緒に居て欲しいと言っても、駄目ですか?」と囁いた。何も言えなくなった哉汰は、そのままリノの部屋に、招き入れられた。

哉汰はタオルを渡され、お湯が沸くまで座って待つよう言われた。リノは部屋着じゃ失礼かしらと呟いたが、哉汰はお構いなくと微笑んだ。着物の水滴を取りながら、部屋の奥の窓を見た。雨粒が付いたガラスの先は暗く、外の様子は分からなかった。
着替えを済ませたリノは、キッチンでお茶の用意をしながら、哉汰と会話を続けた。

「狭くて笑っちゃうでしょ?」

「いや、僕も日本にいた頃、ここより狭い部屋に、ツルギと2人で住んでたよ。」

「えー!男2人で、この部屋より狭いお家だったの?想像付かない。」

「日本は不動産が結構高いからね。ツルギは嫌がって、知り合った女の子の部屋に泊まってたりしたけど。」

「あはは、不真面目な用心棒ね~。」

「治安は良かったから。あいつ狭い部屋で煙草吸ってばかりで、こっちが具合悪くなるから、自由にさせてたんだ。」

「へ~。ねぇ!また日本の話、何か聞かせて!」

「そうだなぁ、今日は何を話そうか。」

リノは哉汰に出逢ってから、日本に興味を持っていた。日本の地図を図書館で探し、哉汰に見せた。

「哉汰はトウキョーに居たんだよね。どこら辺?」

「トウキョーと、カンサイの方にも居たよ。ここと…ここか。」

日本の大学の研究室の話、食べ物や文化の話。哉汰は思いつくまま話し、リノは興味津々で聞き入っていた。

「日本には八百万の神様がいるんだ。あらゆるものに、神様が宿っていると考えられている。」

「へえ、クルトのサラ信仰ににているんだね。」

「そうだね、同じ島国だし、気候もよく似ている。ただ1億人以上の人口が、この列島にいるんだ。クルトとは比べものにならない。」

「うわ~!神様も人の数も、半端じゃないね…。それだけ子供も沢山いるってことか。」

「最近は、出生率も下がって、高齢化してきているらしいよ。」

「…でも、子供がとても大切に育てられたから、長期の内乱や、他国との大戦を迎えても、それだけの人口になったんでしょ。」

「確かに、そうかもしれないね。」

「日本にも、孤児はいるの?」

「…そうだなぁ、ストリートチルドレンの様な子は、多分いないと思う。孤児院はあるけどね。」

「その子達は、幸せに暮らせているのかな。」

「…どうして、そんなことを?」

リノの表情が、さっき道ばたで会った時と同じように、曇った。哉汰はリノの手を優しく握り、話してくれるまで少し待った。程なくして、リノは口を開いた。

「今日もお客さんに言われたの。酔った勢いだから、きっと本人は覚えてないけど…・。1万ラル(クルトの通貨)2枚ちらつかせて『これで一晩付き合え』って。」

「え…。」

「私が院出身だってことは、知れているから。私達の仲間には、日銭を稼ぐために、そう言う方法を選んだ子もいるの。簡単だから…。自分の意志とは別に、そう言う生き方をするようになってしまった子もいる。買う大人がいるからいけないんだよ。それで病気になって、死んだ子共も沢山いるわ。」

リノは、肩を震わせ、涙を浮かべた。

「悔しい…!」

「…」

「私達には、血の繋がった親が居なくても、人並みに感情はあるし、喜びや悲しみを分かち合う“家族”は居るのに!院出身だと言うことだけで、そんな風に扱われるなんて!」

俯いて泣き出したリノを、哉汰は優しく抱き寄せた。

「大丈夫だよ、リノ。…こんな悪いこと、長く続く訳がない。君は聡明だ。沢山の家族も、僕も居る。君は独りじゃない。恥じる事など、何も無い。堂々と生きれば良いんです。きっと君が全く相手にしないから、先方も君に立ち止まって欲しくって、愚かな言葉を発してしまったのでしょう。先方も酔いが覚めたとき、自分の醜い言動を恥じるはずです。」

リノは小さく頷いた、哉汰の優しい言葉と温もりに、リノの高ぶった気持ちも、徐々に落ち着いた。

「それより、他に何か危険な目には遭わなかった?怪我は?」

「それなら大丈夫!鉄拳かまして来たから。」

「そう…なら…良かった(鉄拳?)。怖い思いしたんだし、リノが安心して眠るまで、傍にいるよ。」

「ありがとう。」

哉汰は、寝支度をしてベッドに入ったリノの横に座った。まどろむまでの間、また少し、言葉を交わした。

「『リノ』と言う名は、院長先生が付けてくれたの?」

「うん。私が院の前に置き去りにされていた時、サラの民が織る薔薇柄の“モルド絹”にくるまれていたんだって。サラの民の詩言葉で、薔薇は『リノ』ほ発音するから。」

「なるほど。じゃあリノの血筋には、もしかしたらサラの民の血が、混じっているのかもしれないんだね。良い名前を貰ったね。」

「『カーダ』は、太陽神の名前ね。」

「はい。神話に出てくる名前を頂きました。」

「哉汰と言うのは?」

「日本語で、『カーダ』に近い発音を探して、見つけたんだ。“遙か遠く”と言う意味で、これは自分で付けた。日本では、王族は園宮、王国剣士は藤堂を名乗る事が決まっているから、それと合った響きを選んだつもり。」

「遙か遠くか…。」

哉汰は、リノの左手を両手で包み込んだ。呪文を唱えると、指の間から光が漏れ、手を外すと、リノの薬指に指輪がはめられていた。赤い石がはめ込まれ、美しい装飾が施されていた。

「これ…。」

「暫く留守にするから、その間のお守り。」

「お守り?」

「“男除け”の。」

「…え~!本当に?くすくす。」

「半分ホント。そろそろ休む?僕は帰るよ。リノの許可を貰えれば、鍵はこれでかけておくから。おやすみ。」

そう言うと、哉汰は手のひらを見せた。リノは小さく頷いて「おやすみなさい」と呟いた。哉汰の後ろ姿を見つめながら、リノは眠りに就いた。

外に出た哉汰は、ドアの鍵穴に手をかざし、閉じる系の呪文を呟いた。鍵はたやすく施錠された。一つため息をつき、外階段を下りていくと、レインコートを着たツルギが、腕を組んで不機嫌そうに立っていた。

「…ばれてましたか。」

「当たり前でしょう。さっさと帰りますよ。昼間も会ってたくせに、何が“ご学友”なんだかっ。」

「時間には戻るつもりだったんだって。」

「あと3時間しか無いじゃないですか。」

「3時間もあるじゃないですか。」

「お休みにならない気ですか?」

「移動中に、いくらでも眠れるでしょう。勝手に付いてきたの、そっちじゃないか。」

「あなたねぇ~~~!!(イライラ)」

「はいはい、すみません。」

「どーするつもりですか、あんな若い子手ぇ付けて。」

「人聞きが悪いなぁ;野暮なこと聞かないでよ。」

雨は小降りになり、傘を差す必要が無くなった。いつものように、ツルギに小言を言われながら、哉汰は城へと帰っていった。


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