壱章「契約」10:王子様の告白 [壱章:契約]
一行解説(1~6はコチラ)
7:哉汰はリノに、自分の秘密を打ち明けた。お互いの胸の内を知り、また会う約束を交わした。
8:市場にやってきた哉汰を怪しむトーマ。リノの恋心とマールの直向きな思いを知り戸惑うが…。
9:トーマは、リノと婚約を解消。自らの様々な思いを封印し、リノを哉汰の元へと送り出した。
台詞の色分け
リノ…オレンジ
哉汰…水色
10:王子様の告白
リノは、自分の顔が熱くなるのを感じながら、哉汰の前に進んだ。
「…今日は、院への寄付を、ありがとうございました。みんなとても喜んでいます。」
「いえいえ…僕は、こんなことぐらいしか出来ませんから。…少し、お話しませんか?お時間は…。」
「夕方のアルバイトまでは、まだ時間ありますから、大丈夫です。」
「では、少し歩きましょう…。」
哉汰は、枯葉を踏みながら、さっさと歩き出した。リノはその背中を追った。哉汰は、リノの方を振り返ることなく、森の奥へと進み、リノはやや早足で、何の話があるのか、胸を高鳴らせていた。
「昨日は、夜更かしさせてしまって、すみませんでした。」
「え、あ、とんでもないです!私こそ、失礼いたしました!それに…」
そう言いかけたときリノは、歩調が合わずに足がもつれ、躓いてしまった。短い悲鳴と共に、派手に転んだ時に、哉汰は初めて、リノの方を振り返った。リノは、そのまましゃがみ込んでいた。
「リノさんっ大丈夫ですか!お怪我は??」
「あああ、大丈夫ですっ!」
哉汰はリノに駆け寄り、膝をついて、髪に付いた枯葉などをはらってあげた。その時哉汰は、今日初めて、まともにリノの顔を見た。恥ずかしそうに髪を直すリノを見て、哉汰の顔が急激に赤く変化した。
「ごめんなさい、哉汰さん…お洋服が汚れちゃう…。」
「て!」
「…て?」
「て…て、訂正があります…。」
「…?」
訝しむリノを見ながら、哉汰は何故か正座をし、手を膝に置き、そのまま話し出した。
「自分の立場とか、環境とか…年齢とか!一切考えずに申します。」
「はい…。」
「一晩中、貴女の言葉が、頭から離れませんでした。それが何故だか、分かりませんでした。貴女に逢えば、この…内面からあふれ来る感情の、答えが分かると思って、市場に行ってみました。」
哉汰は、リノに逢う為に、市場に出向いたのだった。リノはそのまま、哉汰の話を聞いた。
「そしてさっき、トーマくんとお話して、リノさんの婚約者だと聞きました。」
「あ、そ、それは!」
「すぐに解消したことも、聞きました。」
「は、はぁ;(いつの間にそんな会話したんだろ、あいつ)」
「それで、やっと確信したんです。」
「…」
「私は、リノさんのことが、好きなんです。」
「……?」
「友人とか、そう言う意味ではなく…好きになってしまいました。」
リノは、目を見開いた。今、哉汰の口から出た言葉の意味を、自分なりに解釈するのに、時間がかかったので、とっさになんと言っていいか、分からなかった。
「婚約していたと知っただけで、僕はトーマくんに、軽く嫉妬心を覚えました。本当は…今思えば、私も図書館でお逢いした時から、そう言う気持ちだったような気がします。昨夜貴女と“おやすみなさい”と交わした…そんな距離でいたいと思いました。これからも僕は、貴女の傍で、他愛のない会話を、当たり前のように交わしていたい。」
リノは、自分の顔が耳まで赤くなるのを感じながら、今まで味わったことのない感情が湧き上がった。恥ずかしさなのか、怒りなのか、自分でも判別が出来なかった。瞳からは、涙があふれた。訳も分からず、何故か両手で顔を隠した。
「そう言うことなら…。」
「はい…。」
「もっと早く言って下さい。」
「はぁ…すみません。」
「昨夜もあの後、これからどんな顔して逢えばいいとか、何話せばいいのかとか、散々考えても思いつかなくて…。なのにいきなり目の前に現れて!心の準備も出来てないのに!」
「すみません…。」
「大体、トーマの話で確信を持ったって、何処まで鈍感なんですか!私が貴方に告白した言葉では、何一つ心に響かなかったってことでしょ?!」
「いや、そう言われると…結果的に…すみません。」
「どうして今、私がこんな…転んだり、泣いたり、貴方に叱りつけたり、謝らせたりしなきゃいけないんですか!」
「…すみません。」
リノは、思いついた言葉をぶちまけた。哉汰はそれを、静かに聞いていた。この状況を、どう決着付けたらいいか分からず、顔を伏せたままでいると、温かく、柔らかい感触が、リノの髪に触れた。哉汰が、リノの頭を、優しく撫でた。顔を覆った指の間から、そっと見上げると、照れくさそうに笑う哉汰が見えた。なんだか可笑しくなったリノは、肩の力が抜け、涙をぬぐいながら微笑んだ。
リノは哉汰の手を借りて立ち上がり、服の汚れをはたいた。
「これから、どうしましょう?」
「?」
「お互いの気持ちを確認できたのは、嬉しいのですが…。」
「はい。」
「リノさんは、お仕事があるし、私はこんな生活ですし…。もし外出となると、僕には必ず、ツルギが付いてくるし。…お付き合いしても、正直…非道くつまらないかもしれません。」
「…そんなこと、気にしないでください。私は哉汰さんと一緒に居られれば、それで良いんです。」
「はぁ…可笑しいですか?」
「だって…真剣な顔で、何を言い出すかと思ったら…。」
「そうは言っても、私はリノさんの倍近い歳だし、面白い話も知らないし、若い人の流行も分からないし、研究とか…趣味も地味だし…。」
話を聞きながら、リノはたまらず吹き出してしまった。
「僕、なんか変なこと言いました?」
「あははは!た、確かにそれだけを聞けば、モテる路線の人って感じじゃないですけど。でも私は、カナタさんが良いんです。」
「…そうですか…。恐縮です。」
いつの間にか、日が傾いていた。リノは、夕方からアルバイトに行くことを、思い出した。
「いけない!私もう、行かなくちゃ!」
「あ、そうか…送りましょうか?」
「大丈夫!近いから。」
「じゃあさようなら」と言いかけたリノを、哉汰は「ちょっと」と呼び止めた。冷たい指先を包むように握り、小さく呪文を唱えた後、軽く口づけた。程なくして、リノの指先が、少し温もった。
「気を付けて、行ってらっしゃい。」
「はい…行ってきます。」
そこで哉汰と別れ、リノはそのまま、勤務先の店に向かった。まだ頭が、ぼーっとしていた。哉汰がかけてくれた魔法のおかげで、いつもは凍るような指先が、ぽかぽかと温かい。リノは歩きながら、その手を頬に当て、哉汰の笑顔と手の温もりを、思い出した。
自分の思いが通じた…しかしまだ、気持ちがふわふわしたままだった。
本当に?相手は王子様だよ?両思いになれたの?
その日のリノは、いつもの3倍速で働いた。常連客ばかりの店なので、リノに恋人が出来たことは、火を見るよりも明らかだった。来る客みんなに冷やかされても、リノの笑顔は変わらなかった。
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