壱章「契約」9:院長ルメラとの『約束』 [壱章:契約]
一行解説(1~6はコチラ)
7:哉汰はリノに、自分の秘密を打ち明けた。お互いの胸の内を知り、また会う約束を交わした。
8:市場にやってきた哉汰を怪しむトーマ。リノの恋心とマールの直向きな思いを知り戸惑うが…。
台詞の色分け
リノ…オレンジ
トーマ…緑
ルメラ…黄色
哉汰…水色
9:院長ルメラとの『約束』
トーマが院に着くと、リノは集会場にいた。院の集会場には、王家と同じく“サラの民”を祀る祭壇があり、リノとトーマは、院生の頃と同じように、並んで祈りを捧げた。膝をつき手を組んで、ひとしきり祈りを捧げた後、リノは静かに声をかけた。
「トーマ、私…。」
「分かってる。リノ、あいつのことが好きなんだな。」
「うん…。一方的に思ってるだけなんだけど、トーマと婚約したまま、気持ちだけって言うのも、心苦しいから。」
「そうか。」
「ごめんね。」
「謝るなよ。俺は、ここを卒業したみんなが、幸せになればそれで良いんだ。でもなんかあったら、いつでも相談しろよな。院生が家族であることに、変わりはないんだからさ。」
「うん、ありがとう。」
リノは、トーマの顔をまともに見られないまま、そそくさと部屋を出て行った。トーマは少し時間を空けてから、庭に向かうことにした。祭壇前の机に腰掛け、ため息をつくと、今度は院長ルメラが現れた。
「気持ちの整理は、付きそう?」
「先生…聞いてたのかよ。」
「聞こえたのよ。焼き芋が出来たそうよ。私は貴方達を呼びに来ただけ。マールったら、やけに張り切っちゃって。もうここじゃ、お兄ちゃんだものね。下の子達の面倒もよく見てくれるし、助かるわ。」
「マール、迷惑かけてない?」
「とんでもないわ。最近本当に、よく手伝ってくれるの。ココにだって、ほら。やさしく接してるでしょ。」
部屋から窓へと目を移すと、中庭に子供達が集まっているのが見えた。マールは、ココの髪に付いた枯れ葉を取って、優しく乱れた髪を直してやっていた。ココは、とても嬉しそうに微笑んだ。
「あの子ったら、自分がココと一緒に院を継ぐから、リノは自由にさせてあげてって言うのよ。別に私一代で閉めようと思ってるから、後継ぐことなんて考えなくてもいいのに。おかしな子ね。」
「俺がリノと約束してたことだったから、あいつ多分…。」
「そうだったの…気持ちは嬉しいけど、そんな話聞くと、なんだか子供達の将来を奪うみたいで、心苦しいわ。」
「そんなんじゃないよ。俺達は同じ思いをしている他の子供達の、家族になってやりたいって思うだけ。先生が俺達を、自分の子供の様に育ててくれたのと、同じ思いだよ。」
「…ありがとう、トーマ。でもね、貴方だってこの先、どんな出逢いがあるか、分からないのよ?市場でだって、モテるらしいじゃない。」
「あはは…先生と同年代のおばちゃん連中に『うちの娘婿に』って言われるけどね。」
「好きな人、いないの?」
「分かんないよ…そんなこと、考えたこともない。」
「じゃあリノじゃなくて、本当に良いのね?あの子が他の人を選んでも、大丈夫なのね?」
「大袈裟だなぁ…だって、付き合ってるんじゃないんでしょ?」
「あら、リノに思われて、断る男なんかいるもんですか。あの子だって、私の自慢の娘なのよ。あんなに聡明で美しい子、見る人が見たら、どれだけ素晴らしい子か、分かるはずだわ。」
「…そうだとしても、俺は大丈夫だよ。」
「強がってると言うより、むしろホッとしているのかしらね、貴方の場合。」
ルメラの言葉に、トーマの顔が強ばった。ルメラはトーマに一歩近づき、肩に手をかけた。
「貴方がそう思うなら、リノは結局、貴方の本当のお相手じゃなかったってことなのね。いつか自分の真実を話しても良いと思える相手が、必ず現れるわ。…まずは、自分の弟から、話さないとね。」
「マールには、進学する歳になったら、話そうと思う。」
「もう決めているの…そう。良い時期だと、私も思うわ。勿論私も誰にも言わない。貴方のご両親との約束だものね。」
「ありがとう、先生。」
トーマは、ルメラの目を見つめた。ルメラはトーマを包み込む様な、優しい笑顔を見せた。
トーマはルメラの後ろに付いて、子供達が集まっている庭に出た。リノは子供達に囲まれて、おやつを食べていて、ルメラもその輪に交じっていった。付き人のツルギという男は、腕白盛りの男の子達に、遊んでとせがまれ、嫌々相手をしている様子だった。
その奥のベンチに目を移すと、例の男が座っていた。トーマは真っ直ぐ、男に近づいた。
「ちょっと良いですか、哉汰さん。」
「え?あ、はい、先ほどはどうも…。」
「マールがいつもお世話になっています、兄のトーマです。院への寄付、ありがとうございます。」
「はいはい、改めまして…哉汰と申します。」
哉汰はにっこりと微笑んで、軽く頭を下げた。日本人は、頭を下げるのが挨拶らしいと聞いたことがある。トーマは迷うことなく、哉汰が座るベンチに、並んで座った。
「貴方に逢って、マールは院の仕事を、よく手伝うようになったそうで…。感謝してます。」
「いえ、僕は別に何も…マールに聞きました。リノさんと院で同期だったそうですね。」
「同期ってだけじゃなくて…リノの婚約者だって言ったら?」
「………え?」
トーマはわざと、上から目線の言い方をしてみると、哉汰はトーマを見て、口を開けたまま、硬直した。そのまま暫く、両者とも見つめ合ったまま、動かなかった。トーマが「そんなに?」と、思わず口に出してしまいそうな程、素で驚いていた。
「…ご心配無く…たった今、婚約解消しましたから、俺達。」
「………え、え?は、はぁ、そうですか…。」
「…はい、そうです(なんだよリノの奴、一方的とか言って、めちゃめちゃ脈ありじゃんか)。」
哉汰は我に返ると、今度は急激に顔が火照っていった。耳まで赤くしながら、顔を掌で覆い隠そうとしたが、隠せるはずもなかった。前に向き直し、俯く哉汰を見て、いい年してなんて無防備な反応をする男なのだろうと、トーマは半ば呆れた。
「祭壇の前であっさりフラれましたよ。まぁ、婚約っつっても、子供の時の約束引きずってただけなので、気にしないでください。リノは今、完全フリーですので…良かったですね。」
哉汰はそのまま、返事をしなかった。トーマは、あまりにも素直な反応をする哉汰を、からかいたい衝動に駆られたが、会ったばかりだし、後でリノになんと言われるか分からないので、必要なことだけを伝えることにした。
「リノと貴方が、どういう関係かとか、別にどうでも良いけど…リノもマールも…ここで育った子供達は、みんな俺の大切な家族だ。家族を傷つける奴は、絶対許さない。それだけは、知っておいてください。」
「はい…。」
「じゃ…。」
トーマは、そう言うと席を立った。リノの背中をポンと叩き、先に戻ると合図をした。トーマに目配せされ、リノは哉汰の方を見たが、困った顔をして、目を背けた。見かねたトーマは、リノの肩を掴み、哉汰の方に体勢を完全に向けた。戸惑いながら振り返るリノに、トーマは「いいから行けって!」と、背中を押した。
相変わらず子供になつかれているツルギの目の前を、手で髪を整えながら、リノは哉汰に近づいた。その後ろ姿を見送り、トーマは院を後にした。
哉汰と言う男はどう見ても、悪知恵を働かせて近づいてきた様には思えなかったし、むしろトーマから見ても、憎めない男と言った印象だった。マールが気に入るのも、分かる気がするが、リノが恋愛対象として哉汰を選んだのは、何となく腑に落ちなかった。しかし近くで見ると、とても美しい男であることは、確かだったし、育ちの良さも見て取れた。“男”としては、負けた気がしなかったので、リノにふられたことに関しては、特に腹立たしさを感じずにいたのかもしれない。
マールが哉汰を、リノに逢わせたいと思った…それが、トーマとリノの関係の、答えだと思った。神様はマールを通して、自分とは違う相手を巡り合わせようとしたのだから。
そうだ、リノは強くて逞しくて、周りを明るくしてくれる。嫌う方がおかしいくらいの、良い奴だ。俺が傍に居ようと居まいと、きっと幸せになる…。
「じゃあ俺もいつか、他の誰かと出逢うのか?」と、心の中で呟いた。しかし瞬時に、さっきのルメラの顔が浮かんで、その思いを打ち消した。出逢わなくても、構わない。心の何処かで、そう思う自分もいた。
お金を稼いで、マールを自分の家に迎え、自分の手で一人前に育てることが、当面のトーマの目標だった。だから正直、恋愛なんて二の次だとも思った。
院に居ては、充分な教育を受けられないし、進学していけば学費もかかる。とにかく今は、自分のことより、血の繋がった唯一の存在の成長を支えることが、自分の使命だと考えていた。
マールにもまだ話していない「家庭の事情」と言うものが、トーマにはあった。それを知るのは、ルメラだけだった。打ち明けられる時が来るまで、トーマは頑なに、心に仕舞い込んでいた。そのことに触れるのは、まだまだ先のこととなるだろう。
台詞の色分けが、とっても新鮮でした。
ネット上で読みやすいですねv
リノちゃんとトーマ君、すんなり決着が付いたのですね。
トーマ君は恋心とかと違うので、そうなるんでしょうね。
哉汰さんの驚きっぷりが可愛いですねv
by ささ (2009-10-22 00:33)
>さささん
感想ありがとうございます!
登場人物が増えてきたので、台詞も色分けしてみました。
ケータイからだと、意味がないでしょうけど、まぁ、そこは勘弁いただこうかと。
それぞれの登場人物は、スタートラインにポジショニングしたところなので、
これから動かすつもりです。
引き続き更新しますので、お時間ございましたら、お立ち寄りください。
哉汰、既にツルギから、あんな扱いされていますが、トーマにも
見透かされるほど、無防備な奴です。
by さめ宗家めぐ (2009-10-22 09:36)