弐章「恋人」4:ツルギの日常 [弐章:恋人]
4:
暫しの間、ベンチで他愛のない会話をしていたツルギとリノは、席を立った。
「ねー最低男。」
「その呼び方やめろ。」
「何買うの?」
「んーちょっと女の子達に差し入れ。何がいいかな。」
「あーみんなに?チョコレートとかは?みんな好きだし。」
「だったらちょっと高級なチョコがいいな。」
「そしたら《ヨハン》かなー。じゃあたあしホットショコラね。さっきのコーヒーのお返し。」
「そういう催促をするな、下品な奴だな。」
「あんたに下品って言われたくない!」
リノの後を歩きながらデート気分を味わいつつ、少しも自分になびかないリノに、ツルギは複雑な気分になった。
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あとは…
「ソフィーかぁ…」
「なんか言った?」
その夜、ツルギはキャサリンの部屋にいた。いつの間にかバスルームから戻ったキャサリンが、ベッドに寝転ぶツルギの顔を覗き込んでいた。
「あ!なんでもない(汗)。」
「あ~内緒にするんだぁ、あやしーい!」
「ちゃんと乾かさないと、風邪ひくよ。」
ツルギはキャサリンの濡れた髪を優しく撫でた。
「ツルちゃんこそ元気ないのね。疲れているなら眠っていていいのに。」
「そんな勿体ないこと出来ないよ。折角キャサリンと二人きりになれたのに。」
ツルギがキャサリンをハグすると、キャサリンは身をゆだねた。
「くすくす、なーにツルちゃん、甘えたいの?」
「そーだな…今日は(リノの)毒気にあてられっぱなしだったからなぁ…。」
「じゃあ今夜は『新婚さんごっこ』しよ!お耳掃除とか肩もみとかして、ツルちゃんを癒してあげちゃう!ね!」
キャサリンは耳かきを持って、ニッコリほほ笑んだ。ツルギの顔もつられてほころんだ。キャサリンの膝枕から、耳掃除が始まった。
「ねーツルちゃん?」
「んー?」
「あたしのどこが好き?」
「可愛くって、ノリが良くって、おっぱい大きいとこ。」
「あははは、なによそれー!」
「ZZZ」
「寝ちゃったの?ふふ♪」
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「よーしゼギ君、今日は俺様とペアルックだぞー。モテるぞーー!」
「キャッキャッ!」
翌日、ツルギは先日実費で購入した親子ペアの服をゼギに着せ、城内を散歩した。
「ねー見た見た?ツルちゃんゼギ様と同じ服着ててさー超可愛いの!!」
「えー!見てない!どこに居たの?見たーい!!」
案の定、メイド達が盛り上がる中、シーツの回収をしていたアンナとベッキーが、窓越しにツルギとゼギの姿を見かけて吹き出していた。
「なーにあれ?」
「さーあ、あてつけのつもりじゃない?」
「自分の子供じゃなかったからって…ほんっとサイッテー。」
「アンナってそればっか、あはは。」
「本当のことでしょ。ベッキーだって、本気なわけじゃないんでしょ?」
「さあ…あたし『彼女』もいるからさぁ、お互い様だもーん。じゃああたしも『サイッテー』か!…それよりアンナ、まだ言ってないの?」
「…」
「自分から、言ってあげなさいよ?」
「…」
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昼下がり、ツルギはリンダ達の班が働く部屋に出向いた。
「あれ、ツルちゃん。ゼギ様は?」
「お昼寝。」
「ツルちゃん、差し入れご馳走様でした♪」
「いえいえ、みんなで食べてね。…ソフィー!」
「!」
「話がある。」
ソフィーが肩をすくませて振り向くと、真顔のツルギと目が合った。中庭の人気のないベンチにソフィーに座るよう指示し、ツルギも隣にどっかりと座った。お互い気まずい沈黙が流れ、耐えられなくなったソフィーから口を開いた。
「なによ…どうせリンダから何か言われたんでしょ?昨日2人でこそこそ話してたじゃない。あたしを無視して。」
「タバコ吸ってたからな。ソフィー吸わねーし。それに俺の、ソフィーの彼氏と同じ銘柄だからな。」
「!!」
ツルギは以前、門限を破ったソフィーが寮へ戻った時に、たまたま出くわしたことがあった。その時のソフィーの髪についたタバコのニオイに、苦言を呈した。
「だから前言っただろ?こんな悪趣味なニオイのきついタバコ吸う男なんて、ろくな奴じゃないからやめとけって。…で?いつからだ?金渡すようになったの。」
「…」
「(ビンゴか)リンダ落ち込んでたぞ、お金に困っているならなんで自分に相談してくれないんだって。」
「…」
「さすがに親友には言いづらかったか。どうせ追及されるもんな。仲のいい子に相談しづらくて、まぁ返ってこなくてもいいかーくらいの金額をあちこちから借りて…ソフィーの実家はそこそこの富豪なんだし、仕送りしている訳でもないとなると、やっぱり男かなって。」
「…」
「誰からいくら借りたんだ?教えろ。」
「…」
「あと、そいつと別れろ。」
「…!?なんでそこまでしなきゃいけないの?」
「迷惑だからだ。」
「調子に乗ってんじゃないわよ!みんなからちやほやされているからって!」
「(そう来たか)みんなの財布を守るのも、俺の仕事だ。仕送りしている子もいるし、将来のために貯金している子もいる。」
「あっちこっちにいい顔したいだけじゃない!そんなに点数稼ぎしなくたって、あんたはここのアイドルでいられるわ!」
ソフィーの言葉も聞かず、ツルギは更に言葉を続けた。
「次いつ会うんだ。」
「…」
「何処で会う?自分で言えないなら、俺が行って別れさせてやる。」
「か、勝手なこと言わないでよ!」
「(面倒くせぇな)勤務態度悪くて、それを直そうともしない奴に居られちゃ困る。仕事辞めたいのか?!」
ツルギが語気を強めた。ソフィーは納得いかないという表情をして、うつむいた。
「金借りた子のリストと待ち合わせ日時場所、書いて後で渡せ。返事は?」
「…」
なかなかうんと言わないソフィーにしびれを切らしたツルギは立ち上がり、座っていたベンチに蹴りを入れた。瞬く間にベンチは破損。ソフィーは小さな悲鳴を上げ、割れたベンチを見て青ざめた。
「返事は?」
「…はい…」
「よし、じゃ。怒鳴ったりして悪かったな。」
(まぁ、これでますます、俺好みの展開…)
ソフィーを残し、ツルギは立ち去った。帰りの道すがら、修繕担当のトーマスに、中庭のベンチの修繕を依頼しつつ。
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その日の夜、ツルギはベッキーの部屋にいた。
「やっぱりあんた疲れてんのよ。あの後大変だったんだよ?ソフィー固まって動けなくなっててさぁ。やりすぎ!」
「ねーこれ次どこいくの?」
ツルギはベッキーの部屋で、いつものようにゲームに興じていた。
「西のほこらだけど、聖水取った?さっきの村で手に入れた『からのツボ』あるでしょ?で、村はずれの『神秘の泉』行って聖水汲むの。」
「ここ?」
「そそ…ねぇ。」
「んー?」
「あたしのどこが好き?」
「ゲーム上手くて、軽くて、Hなとこ。」
「はは、なんじゃそりゃ。…じゃあアンナは?」
「うわ!なにここ手前にボスいるじゃん!!それ先言えよ!!」
「んーでもまぁそんなに強くないよ。」
ツルギがアイテムを使う前に、プレイヤーのHPが尽きた。セーブし忘れていたので、かなり引き戻されることに気分が萎えた。
「アンナの事?よー分からんな、付き合い長いけど。なんでそんなこと聞くの?」
「いらないならくれない?あたし結構真面目にアンナの事好きだから。」
「それは無理。」
「…」
「ゲームで勝てないのに女の数で負けてたまるか。」
「ケチー!」
「さーて寝ようか。」
「先寝てな。おやすみー。」
「え~冷たいじゃん!もう俺に飽きた?」
「違う違う!これこれ。」
「あ、マジ買ったの?」
「明日オフだから早速やろうと思ってさー。」
ベッキーは新作ゲームのパッケージを開けた。
「ベッキー先生、ちょっとだけやらせて!」
「だーめ!あんたが終わるの待ってたんだから!寝ろよもう!きゃはは、くすぐったいってやめろ!」
結局ツルギは一睡もせず、ベッキーの部屋を後にした。日付は変わったが、まだ夜明け前。眠気で多少ふらつきながら、自分の部屋に戻った。
(はしゃぎすぎた、眠い。俺何やってんだろ;幸い週末だから、ゼギはリノがいるから今からなら2時間くらいは寝…)
ツルギは目を疑った。部屋のベッドに、誰かが寝ていたのだ。
「…?……!!!!!」
月明かりに照らされたその姿を見ると、ツルギは途端に青ざめた。
「……リノ……?」