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壱章「契約」2:ルメラ孤児院の子供達 [壱章:契約]

2:ルメラ孤児院の子供達

「いやー!雨降ってきたよ!!!」

一人の少女が、ルメラ孤児院に走り込んできた。勤め先である市場で譲って貰った、余り物の野菜を入れた籠にふきんを掛け、雨よけに頭上に掲げて。

「おかえり、リノ。…凄い腕力だね…。」

「ぼさっとしてないで!先生まだ帰ってないんでしょ?みんなで手分けして、洗濯物を取り込む!」

リノが手を叩くと、洗濯当番に関係なく、院の子供達が一斉に動き出した。大きなシーツは引きずるといけないので、年上の子が担当する事になっている。現在1番年上の子は、ココ。次にマール…しかし、マールが見当たらない。

「ココ…マール何処に行ったの?」

ココは、リノの言葉に一瞬すくんだが、首を横に振った。

「その様子だと…何か知ってるわね?マールの奴、何処かでサボってるな!」

リノの顔が、だんだん怒りモードになっていくのを見て、ココは慌てて、手話で『薪割りしている』と伝えた。とっさの言い訳だと言うことは、見て分かった。

「あまり甘えさせては駄目よ?男の子は一度楽させたら、その次も楽しようとするんだから。」

リノの言葉に、ココは『自分がマールの分も働くから』と言って、細い腕で、力こぶを作る真似をした。

「まったく…いいお嫁さんになるよ、ココは。」

ココの言葉に、リノは笑った。ココは、ハニーブロンドの、美しい少女だ。しかし、生まれつき声が出ない。そのことが原因で、自分は院の前に捨てられたと思っている。ココは面倒見が良く、良いお姉さんに成長してくれたが、大好きなマールに対しては、少々甘い所があった。

リノも院の出身で、産まれて間もない頃、院の前に置き去りにされていた。赤みがかった茶色い髪に、青緑色の目。小柄で、可愛らしい少女だ。今は青果市場の宿舎で、一人暮らしをしている。
里親に迎えられる機会がなかった子供は、義務教育が終わる歳になると、院を出なければならない決まりがあった。
リノの勤める青果市場は院に近く、リノは、体調の良くない院長先生を気遣って、空き時間になると、院の手伝いをしていた。
青果市場の大人達は、リノの事情をよく知っていて、いつも売れ残りの商品などを、「院への寄付」として譲ってくれた。
リノは働き者で、夜には市場近くの酒場で、アルバイトもしていた。いつでも明るく元気な彼女は、周りの人間を、みんな笑顔にしてくれた。

生乾きの洗濯物を部屋の中に広げ、一息ついた。そろそろ、おやつの時間だ。ふと窓越しに、薪が置いてある倉庫の方を見ると、さっきまで見当たらなかったマールの姿があった。沢山の焚き付け用の小枝を、倉庫に仕舞おうとしていた。雨脚が強くなる中、リノは黙ってマールを手伝った。

小屋の中に小枝を立てかけ、前掛けに付いた汚れを払い、雨に濡れたマールの頭を拭いた。

「随分沢山拾ってきたのね。これ全部、一人で運んだの?大変だったでしょ?」

「うん…ごめん、遅くなって。僕、洗濯物の当番だったのに。」

「ただサボってたんじゃない事は、分かったわ。ココったら、マールの分まで働くから、マールを叱らないでって言うのよ…あとでちゃんと、お礼を言いなさいね。でも、どうしてこんなに遅くなったの?」

「…う~ん。」

「何、はっきりしないわね。森で迷ったんじゃないかと心配したわよ。」

「…リノ。怒らないで聞いてくれる?誰にも言わない?」

「(…内容によるけど…)ちゃんと話してごらん。」

「森で会ったんだ…友達になったの。」

「森に人がいたの?」

「…魔法使いなんだ。」

「え?魔法使い?」

「でも、ジズ(悪魔使い)じゃないよ!僕も最初、森で魔法を使ってたから、目があった瞬間『ジズだ!』って言っちゃったんだ。そしたら、向こうの方が驚いて、違う違うって言って…」

リノが怪しむ顔をすると、マールは相手を弁護をするかの様に、自分から喋り出した。

「日本人で、哉汰(カナタ)って言う人。日本の大学生で、王家の土地を借りて、植物の研究をしているんだって。森には、腐葉土にする枯れ葉を拾いに来たんだって。」

「そう…最近、外国人も増えたみたいだけど…日本人にも魔法使いっているの?」

「クルトの血を引いているらしいよ。真っ黒い髪で、背が大きくて…。迷いの森で魔法を使うと、悪魔が寄ってくるから、使っちゃ駄目なんだって教えてあげたら、謝ってたよ。それで、お役人さんには言わないでって口止めされたんだけど…そしたら、小枝拾うの手伝ってくれて、院の近くまで運んでくれた。僕、ちゃんと魔法を使う魔法使いを、近くで見たの、初めてだよ。」

マールは、初めて見た魔法使いに興奮していた。しかし、ジズじゃないと言っても、本当のところは分からない。森に入ることが許されているのは、わずかな人間なのだし。

ルメラ孤児院は国営で、街と、迷いの森の境目に位置している。迷いの森での採取は、基本的に禁じられていたが、院の場合は、自分達が使う範囲でなら、落ちた枝や葉などを集めて使用して良いという許可が出ていた。だから院の子供達は森に詳しく、何処から先が結界で、迷わされるか、院長ルメラから教えられて知っていた。

「マール、友達になったと言っても、その人が本当に良い人か、分からないでしょ?王家の土地を使って研究しているって事は、そんなに変な素性の人ではないと思うけど、気を付けなさいよ。それに、あんまりココに甘えないようにしなさいね。決められた自分の仕事は、ちゃんとしなさい。」

「うん、分かったよ。…でも、兄ちゃんには、この事まだ言わないで。僕から話すから。あと他の人にも黙ってて!」

「はいはい。じゃ、食堂で温かいものでも飲もう。」

マールが『兄ちゃん』と呼ぶのは、トーマの事だ。

トーマとマール兄弟の両親は、リノも知っていた。青果市場で働いていた兄弟の両親と、院長は仲が良く、孤児院を託児所代わりにして、兄弟を預けていた。トーマの誕生日は、院長が決めたリノの誕生日より2ヶ月早いので、リノはトーマを兄、マールを弟として慕い、幼い頃から仲良くしていた。
しかし、リノとトーマが進学する頃、兄弟の両親は事故に遭い、息を引き取った。その時マールは、まだ産まれたばかりだった。トーマとマールは、そのまま院の子供になった。
気落ちするトーマに、その時リノは「私達、いつか本当の家族になろう」と、口約束の婚約をした。マールもリノのことを、他の院の子供達以上に信頼し、本当の姉と思い慕っていた。
現在トーマもリノと同じく、青果市場で働き、宿舎で一人暮らしをして、たまに孤児院の手伝いをしていた。

食堂に戻ると、ルメラ院長が帰ってきていた。

「リノ…いつも手伝ってくれてありがたいけど、大丈夫なの?体壊したりしてない?」

「大丈夫!私が病気して、寝込んだことなんて、今まであった?先生こそ、体大切にしないと。」

「…だけど、無理したら駄目よ。もう貴女は社会人なんだから。貴女が倒れて困る人は、沢山いるの。元気でいることも、仕事のうちよ。自分の生活を、1番に考えてね。」

「はーい、分かりました。」

リノは、義務教育課程を、優秀な成績で卒業した。環境が許されるのであれば、進学もしたいと考えていた。だから、アルバイトまでして働き、進学資金を貯めていたが、現状は院の手伝いと仕事に追われる日々。勉強は、眠りにつく前に読む、図書館で借りた本のみだった。

お金は稼がないと生きていけない、院にも恩がある。院長先生も、院の子達も、みんな大好きだ。

でも、いつまでこんな暮らしを続けないといけないのか。目先の事に手一杯な分、先への不安をぼんやりと抱えていた。

迷いの森の魔法使い…。自分が暮らす日常とは、きっと別世界の人なのだろう…。
マールがあまりにも、キラキラした瞳で語るものだから、リノはそれがどんな人物なのか、気になった。


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Riruru

続きまってましたぁ♪
じっくりと読ませてもらいましたよぅ!!
今度は視点が孤児院に移り ん?とおもったら
ちゃんと繋がっていて なにやらなにやら!?
リノの動きが気になりますよぉ(>▽<)ノ
次回も楽しみにしています!!
by Riruru (2009-03-18 09:48) 

さめ宗家めぐ

>Riruruさん
読んでくれてありがとうございます!
はは、舞台があちこちに飛んでしまってスミマセン…。
でも、最初は別々の所にいる人達を逢わせるには、
どっちも書いていかないと、何時になっても逢えないから(汗)。
今回は、こういう形になりました。
リノは、とても強い子という設定です。これからも活躍してくれるはずです♪
by さめ宗家めぐ (2009-03-18 11:13) 

ささ

異世界舞台と思っていたので、
「日本」が出て来たときには、不思議な感じがしました。
沢山キャラが登場されるので、楽しみですv
また拝読に参りますv
by ささ (2009-03-25 11:05) 

さめ宗家めぐ

>さささん
読んで下さり、ありがとうございます。クルトは架空の国ですが、全部を
自分の中で設定するのは大変だし、カーダは親日家にしたかったのです。
文中の「日本」というのは、私達が住む日本とは、限らないですけどね~。
まだまだ、紹介したい人物はいるので、上手く形にしてあげられたらなと
思います。また更新したら、遊びに来て下さい(^^)
by さめ宗家めぐ (2009-03-26 14:05) 

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